第1部 SIM TOWN【井角町】解説
では、【井角町】による授業がどんな展開になるのか討論会の一部を紹介します(表1参照)。
これは、私の大学院時代の同僚である関雅一先生の実践の一部です(長野県原村原中学校1992年12月)1)。 実践地の原村は、1980年代後半に、スキー場及びゴルフ場の開発計画に小規模ながら反対運動が起こり、開発が凍結状態となっている地域です。リゾート開発に対しては地域の人々や生徒たちの関心はとても高く、それだけに、シナリオ1「総合リゾート開発計画」を取りあげたこの議論では根拠や具体的な事例などが数多く示されています。
討論会の始めの方では、賛成派の造園業を営む玉井氏(役の生徒)やスポーツ店を経営する高久保氏(役の生徒)によって、井角町のリゾート開発やゴルフ場建設によってもたらされるプラスの経済効果が主張されています。玉井氏は、ゴルフ場によるオールシーズンの観光地化が図られることや若者の労働場所が増加するというメリットを指摘します。同時に、農薬問題にもふれ、地元の富士見ゴルフ場の事例をあげて、その心配はないと述べています。また、高久保氏も、スポーツ店経営者の立場から、開発の経済的効果を主張しています。
こうした賛成派の主張に対しては、役場観光課職員の町田氏(役の生徒)や電力会社支店長の浜島氏(役の生徒)、小学校教師の中山氏(役の生徒)らが反論し、また代替案を提示しています。浜島氏は、自然環境主義的な立場に立ち、人間の営為そのものが自然破壊であることを主張し、経済効果云々といった議論そのものの土台を否定しようとしています。この浜島氏のプロフィールは、一般的な解釈からは中立派か賛成派になるのですが、浜島役の生徒は彼の父親が開発に反対していたという背景もあって、このような立場に立っているのです。この意味では、賛成派と反対派に歩み寄りの余地はありません。しかし、町田氏や中山氏は、代替案の提示を行っている点では同じ反対派でも浜島氏とはそのスタンスが異なっています。中山氏の場合には、井角町の自然をそのまま活用し得るレジャーや観光を提案しています。しかし、この代替案については、賛成派である銀行支店長の本山氏(役の生徒)が、湖の汚染につながるのではないかと指摘しています。また、彼は、湖で養殖業を営む山本氏にもそのことの問題性を投げかけています。この点に対しては、反対派の山本氏は、反対派の立場を擁護するためにこの質問に対してはサラリとかわしています。しかしながら、この本山氏の指摘は、自然や環境を擁護しようとする賛成派に自省を促すものとなっています。
反対派で特に注目されるのは、町田氏です。町田氏はリゾート開発やゴルフ場による開発に対して一貫して反対し、これらの開発による問題点を指摘するとともに、それに代わる代替案を次々と提案しています。特産物や名物などの「井角町ブランド」による町おこしを主張していますが、「りんご」「まつり」「ソースカツ丼」「木の実のお酒」「りんごジュース」「りんごジャム」「泥付き大根」「独自のオモチャ」など、数々の特産物を提案しています。これらの提案に対しては、中立派の旅館経営者である温井氏(役の生徒)から、井角町の観光客の減少や若者人口の減少を止めることができないのではないかという疑問を投げかけられていますが、この後に、スキー場で民宿を経営する宮田氏(役の生徒)と協力しあってスキーオフシーズンのゲレンデにハーブやラベンダーなどを植えたガーデン公園を作り、これらの花を使った商品販売、さらに、野外コンサートやジャズフェスティバル、夏のボブスレーやリュージュ、マレットゴルフ、パターゴルフなどのレクリェーション、ハイキングコースやウォークラリーなども提案しています。
以上、討論会の様子を考察してきましたが、このように賛成派や反対派、あるいは中立派が意見を述べ合う中で、リゾート開発にかかわるさまざまな事象について議論されるのです。この討論会では、町田氏役の生徒が特に活躍していました。通常、シナリオ1による【井角町】の授業では、反対派が賛成派に対して反論するというケースが多いのですが、この討論会では、反対派が「総合リゾート開発計画」に代わる代替案を提示しているという点に特色がありました。町田氏役の生徒の一連の提案(学習活動)が討論の進行を方向づけたと言うことができます。
この町田役の生徒の討論会に使用した資料を確認したところ、「ゴルフ場環境影響評価」「相続税にバブルの余波」「ソースカツ丼」の新聞記事(いずれも「信濃毎日新聞」見出し)やメモがたくさん記入されていました。「ゴルフ場環境影響評価」は、北安曇郡美麻村が出資する第3セクター「美麻リゾート開発」が県内では2年ぶりに環境アセスメントの実施を行うという記事(バブル崩壊後としては珍しいケース)でした。また、「相続税にバブル余波」は、軽井沢町のバブルの余波で路線価が高く、相続税を物納にせざるをえない不動産所有者が出てきたという記事です。町田氏役のこの生徒は、討論の中で「自然環境保護運動の高まりやバブル経済の崩壊」についてふれていますが、こうした記事を根拠にして発言していたのです。なお、「ソースカツ丼」については、駒ケ根商工会議所による町おこしの記事です。このような記事を基にして、数々の代替案を提案していたことが確認できます。資料のレポート用紙には、提案されたもの以外にも多くの提案がレポート用紙いっぱいに書かれていました。
【井角町】では、このような学習活動の展開が可能です。